何かをしようとするとき、それは無意識がすでに決定権をもっている。
瞬間的な危険を避ける行動や、相手の何気ない言葉に
返事をするときも無意識が主導権をにぎっている。
意識は、それらの結果を見て、聞いて、考え、無意識に報告するだけのように思える。
もう少し、複雑な状況についてもやはり無意識は準備している。
とつぜんの彼の告白に、あなたは結婚の承諾をしたとしよう。
驚いてしまって、そのとき、その瞬間に「YES」と応答したように感じている。
それでも、あなたは、自分の意思で、つまり「意識」の判断だと思っているのが普通だ。
でも、無意識はずっと前から、そのようなシナリオを想定していて、
いくつか分岐点はあるだろうが、「YES」と反応するドミノの列を構築していたはずなのだ。
ドミノの列を作ったのは「記憶」とのやりとりをする無意識であり、
ドミノを倒したのは無意識であって、意識ではない。
意識は最後のドミノが倒れたのを見て、「YES」と言ったのを確認しているだけだ。
もし、あなたが夢をみていて、その夢を思い出し、意識に上書きできれば、
その「記憶」は、無意識のドミノの列に、「意識」のドミノを挿入したことになる。
彼の性格はとてもいいし、生活力もある。
性的にも満足しているという「ドミノ」は無意識が並べ、
ガールフレンドはいそうだけど何とかなるという「ドミノ」は
あなたが夢見を思い出し、その記憶をもとに意識が並べたのだ。
意識の色がついた「ドミノ」が無意識のドミノの列に紛れ込んだことになる。
そのドミノの列がどのような結論へと導かれるかは、寝ているときの無意識の活動に左右される。
無意識がニューロンネットワークの経路に、昼間の記憶をどう位置付けたかにかかっている。
そのような準備がまずあって、その瞬間が来るまで、無意識は待機しているということだ。
「結婚してほしい」という彼の言葉が聴こえてきたとき、ドミノは倒されたわけだ。
あなたの「yes」は意識が決めたのではない。すでに準備されていたものだ。
あなたの「脳」は、あなたの意識が決断したという感覚を創り出している。
いずれにしても、その感覚は生きていく上で、実感として必要なものだ。
いまを生きているのは、あなたであり、これからも「あなた」だからだ。
意識は、そのような実感を創り出している。
夢見の記憶が無意識に直にはたらきかけ、「意識」的なドミノを並べていることに気づくべきだ。
このことを、どう考えるか、夢見を活かせるか、人生をどう生きるかにつながっていく。